どうして、自分の欲しがるものは全て消えてしまうのだろうか。


―――「なぁ美弥子、青の絵の具持ってない?」
 唐突なその言葉に美弥子は眼を丸くした。
 油臭い匂いが充満する美術室に彼は幼馴染の美弥子と一緒にいた。
綺麗に晴れた七月の空の青さが目に痛い。どこか懐かしい、乾いた夏の匂いがする。

『光ってどう描くっけ・・・ややこしぃな・・・』
空っぽになり小さく縮こまった銀のチューブをゴミ箱へ投げると、美弥子を見た。
「もう無くなったの?一体何本使う気よ。」
 前の席でテキパキとイーゼルを組み立てる美弥子が呆れた様に肩を竦ませて言う。
「決まって青ばっかり無くなるよね。何描いてんのよ和馬は。」
組み立てたイーゼルに真っ白なキャンパスを乗せると彼女は自分の画材を鞄から取り出した。
視線はもちろん彼・・・和馬に向けられることはない。
「あれ、お前知らないの?俺が今まで何描いてたか。」
汚れたアイボリーのエプロンで青い絵の具のついた手を拭うと、念の為シャツが汚れないように袖を肘までまくって腕を組んだ。
「いくら腐れ縁っていってもね、そんなことまで知ってるわけないでしょ。」
「空、だよ。」
美弥子は一瞬動きを止めた。
「・・・空?」
今までいい加減な対応をしていた美弥子だがようやく彼を見た。
「そう、空。」
窓の外・・・遠くに広がる明るい景色を和馬はいとおしげに見つめた。
「なんで空かなぁ・・・?他にもっと色々あるでしょーに。いい被写体は・・・」
その言葉を聞いて視線を彼女に向けると、フッと微笑んだ。
「俺にとって特別だから。だから俺は空しか描かない。」
そういうと、『だから青、貸してちょーだい』とでも言うように右手を差し出した。
「・・・コレ、一つ貸しね。」
 一つ溜息をつくと自分の絵の具箱から青のラベルの貼られた銀のチューブを取り出すと仕方なく手渡した。
「さんきゅ。今度奢るから。」
「で、なんで特別なのよ。それくらい教えてよね。」
膨れっ面をつくる彼女に言われ、少し驚いたように眉を持ち上げると、
「・・・父親と母親だからね。」とだけ静かに呟いた。



                            to be continued...

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